三羽雀
 良人(おっと)はぐっすりと眠っていたようであったが、志津はというと眠れぬまま一時間ほど天井を眺めていた。
 何だか胸騒ぎがするのである。ざわざわ、ざわざわと心臓の奥のほうがくすぐられているような感覚である。
 (しばら)くしても目はぱっちりと醒めたままであった。隣はすやすやと寝息を立てている。まるで生まれたばかりの赤子のようなさまである。
 その(かたわら)、戸外ではサイレンが鳴り始めた。
 (空襲かしら……)
 枕元の目覚まし時計は日付が回って十五分のところを指している。
 「康弘さん、起きて。空襲よ」
 (うな)るような遠鳴りが聴こえてくる。
 良人は深く寝入っている様子で、揺すっても目を覚ます様子がない。
 「康弘さん」
 志津はひたすらに良人を起こそうとするが、彼は少し唸って眉を(ひそ)めるだけである。
 その間にも敵機の轟音は近くなり、また遠ざかっていく。
 「もう、起きてよ」
 彼は揺さぶられ続けて(ようや)く目覚めたようで、(うっす)らと目を開いた。
 「どうした」
 「どうしたって……空襲よ、ほら、爆撃機が……」
 爆撃機の轟音ももうとうに遠くへ行ってしまった。
 「聞こえないないじゃあないか」
 「……ついさっきまで近くを飛んでいたのよ。貴方起きないんだもの。外を見てくるわ」
 志津は寝ぼけ(まなこ)の良人を置いて玄関を出た。見渡す限りでは特に被爆した様子はない。
 ゆっくりとドアを閉めて家に入った志津は再び寝床に就いた。
 静まった深夜、二人が眠りに就いたその時、
 「康弘、志津ちゃん」
 と窓を叩く音と聞き慣れた声が耳に入った。
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