三羽雀
 毅然(きぜん)とした表情の義妹(ぎまい)を止めに入ったのは院長である。
 「志津ちゃん、向こうは危険だ。きっと残ったほうが良い」
 「危険でも何でも宜しいのです。それよりも康弘さんをお一人で行かせることの方が心配です。それに、手当てをするとなると助手が必要でしょう。病院の看護婦を出すわけにはいきませんから、私が同行します」
 志津は揺るぎない表情で答える。
 「いや、向こうは相当な火事だよ。もう、震災とかそういうのと比べ物にならない程にだな。下手をしたら君達も巻き込まれるやもしれん」
 飯田も女を行かせることには反対の様子であったが、志津はそれさえも聞かず、
 「いいえ、私も行きます。もし火事に巻き込まれるのなら、私が主人を看取(みと)りそして私も共に焼かれましょう。もう、私の知らないところで良人(おっと)を失うかもしれないという恐怖を感じたくないのです」
 と声を震わせながら返した。
 「康弘さん、貴方が決めて頂戴」
 遂に良人に決断を迫った妻の目には、様々な感情が渦巻いていた。
 たとえ危険であっても良人と一緒に本職を全うしたい。一人でも多くの人を救いたい。
 「……志津も、連れて行きます」
 兄のところで夜を明かすこととした先輩を置いて、二人は洋服に着替えて病院と薬局へ走り、診察に使うものと持てるだけのガーゼや薬剤を手に自転車に乗った。
 「行って来ます」
 「行って参ります」
 二人の目は真剣そのものであった。いざその場に行くとなると最早恐れとか不安とかそういうものは一切感じず、一秒でも早く目的地に向かって一人でも多くの人の命を救うことに対する使命に燃えていた。
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