三羽雀
 康弘と志津は箱一杯のガーゼや包帯に消毒薬を積み込み、休み休み本所を目指した。
 麹町の辺りまではまだ良かったのだが、そこを抜けて日本橋に入るにつれて考えもつかないような光景が近づいていた。
 自転車を降り、押して歩いていると、徐々に燃え盛る街が見えてきた。
 まるで火の壁が(そび)え立っているような業火(ごうか)で、焦げ臭さを遥かに超えた空気は到底吸うことが出来ず、二人は思わず袖口で鼻と口を覆う。
 (何よ、これ……)
 (一体……どうなっているんだ)
 帝都は二時を迎えようとしていた。昼の二時ではなく、深夜の二時である。それにも関わらず、荒れ狂うように燃える街の頭上に広がる空は陰惨(いんさん)な雰囲気を(まと)った明るさであった。
 こんな明るさの深夜の空は、今日のほかには太陽が落ちて来る日くらいにしか見られないだろう。
 康弘は風に(あお)られ激しく燃える炎がその勢いを増し更なる燃焼を呼ぶ景色を見て、小学校の頃に襲われた竜巻のような炎を思い出した。
 あの日こそ昼間のことであったが、学校からめらめらと燃え広がる火を呆然と見ていた記憶がある。
 しかし今晩は、それを遥かに凌ぐほどの明るさである。まさにあの昼と錯覚してしまうような(わざわい)だ。
 ごおごお、ぱちぱちと炎上する家屋に囲まれた道は真夏のように暑く、見渡す限りの火、火、火。遠くを見ると炎上する建物、下を見れば焼け焦げた何か、上を見るとアーチを作るように飛び交う火の粉。今居る場所がどこかさえも分からない。
 二人は無言で歩き続けて(ようや)く隅田川と(おぼ)しき広い川のようなものを見つけたが、思わず立ち止まった。
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