三羽雀
 幾重にも折り重なった人の下に、頭巾を被り布に(くる)まれた赤子の姿があった。 その子は全身をお(くる)みで巻かれていたが、(まぶた)が微かに動き、口がもごもごと動いていた。
 (母親を探している……)
 康弘が思うに恐らくこの子どもの上に重なっていた人の中の誰かがこの子の母親なのであろうが、母の胸を求める赤子の姿に心を締め付けられた彼の視界は徐々に潤んできた。
 「この子……生きてるぞ」
 (そば)に駆け寄った妻に抱き上げた赤子の顔を見せる。
 お包みに守られていたのとたくさんの大人に守られていたので赤子はほぼ無傷であった。康弘の腕に抱かれるその子はすやすやと眠っていて、まるで宝石のように美しい寝顔である。
 「しかし……弱ったな。母親はきっともう……どうしたものか」
 「連れて行くわけにもいかないものね……」
 辺りを見回すと、いつの間にか橋上(きょうじょう)には康弘と志津以外にも数人の人が来ていた。
 「あの、すみません」
 志津は丁度橋の向かい側で自分達と同じように人の山を掻き分けている女性を見つけて声を掛けた。
 その人は偶然にもこの辺りの住民らしく、運よくその子どもを預かってもらえることになった。
 その他にも橋へ川へと遺体の収容や引揚に向かう人が増え始めてきた。二人は道ゆく人に、
 「私は高辻という医者です、これから本所へ向かいますが、まだ生きている人が居たら呼んでください」
 「牛込から来ました、薬剤師の高辻です。簡単な治療であれば私も出来ますから、手当の必要な方がいらっしゃればお呼びください」
 と声を掛けながら橋を後にして本所に入った。
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