三羽雀
 しかし二人の安堵は束の間、真の惨禍(さんか)はここからであった。
 激しく燃える街には幾つもの火柱が上がり、地上では消火にあたる人の姿があったが、その懸命な作業を嘲笑(あざわら)うかのように街全体が黒煙を吐き出しながら炎上している。
 思わず()せ返るような臭気に顔を(しか)めてしまう。
 ひとまず二人は街の外周を移動することにした。
 道という道の両側が火災に挟まれ、隅田川沿いを動く他なかった。しかし、その川も未だ程度は収まったといえ火災が続いている。
 川沿いを歩いていると、康弘と志津は二人の男の姿を見つけた。片方は和服の老人、もう片方はシャツの若い男で呆然と燃える川を眺めている。
 「工場(こうば)を見に行かねば……」
 「父さん、きっと全部燃えたよ……工員誰ひとり来やしないじゃないか」
 二人は特に怪我をした様子はなく、この場所には不自然なほどに小綺麗な服を着ている。
 「一帯は全焼、本社もこの有様。辛うじて家は残ったが……全部ぱあだ」
 志津は若いほうの男に見覚えがあった。
 「康弘さん、ちょっと」
 彼女はひとり彼らの元へ向かう。
 「ごめんください、伊坂様でいらして?」
 シャツの男は志津を見てハッとした。
 「もしや高田内科醫院の……どうして此処に」
 志津の予想通り、その人はかつて急患で運び込まれてきたお騒がせ兄妹の兄の方であった。そうなると、隣に居るのは父親だろうか。
 「知人に頼まれまして怪我人の手当てに参ったのですが……」
 彼女は先に続く言葉を濁す。
 「はあ」
 「お二人共お怪我はございませんか」
 頷いた二人のうち老人の方が志津に告げる。
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