三羽雀
 「私達は問題無いが……生き残った人が居るかもしれない。君は手当に戻ると良いよ」
 相当(やつ)れた様子の顔の中に無理やり作ったような笑みが浮かぶ。陰鬱な橙色にほんのりと照らされたその老人の表情は(いささ)か気味が悪かった。
 二人はやはり途方に暮れた様子で川を見つめたり燃え盛る街を見上げたりしていた。
 良人(おっと)の元へ戻った志津は再び歩みを進める。
 「知り合いかい」
 「ええ、前に一度父の病院で診たことがあって……」
 この世の終わりのような景色も一、二時間見ていると徐々に慣れてくる──或いは何も感じなくなる──もので、二人はぽつぽつと会話を交わしながら自転車を押している。
 包帯や消毒薬のぎゅうぎゅうに詰められた箱は未だ底を見せない。
 (生きている人が居るのかしら……)
 (まだ息のある者は……居ないのか)
 言葉には出さなかったが、二人は同じことを考えていた。
 こんな業火の中に巻き込まれては、助かる人も居ないだろう。それに、爆弾や破片が刺さりそれが外傷となった人はこの数時間でもう何十人も見てきた。
 医師や薬剤師という人の命を助ける立場にありながら、自らの力が役に立つのだろうか──二人は疑問を(てい)し心の中に問いかけている。
 二人の歩みは次第に遅くなり、康弘は首に掛けていた聴診器を外して包帯やガーゼでいっぱいの箱の上に置いた。
 先輩からの頼みで来てはみたものの、想像を遥かに超える法外な被害に無力感を突きつけられたような気がしている。
 「……帰るか、先輩には悪いが……」
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