三羽雀
 目も当てられない状況に狼狽(ろうばい)し、みるみるうちに感情を摩耗(まもう)しているのは明らかであった。それは志津にとっても同じことである。
 「康弘さん……」
 志津は気を落とした良人(おっと)の肩に手を添える。
 「おい!そこ!医者か!」
 消沈し始めた二人の元に眼鏡の男が走ってきた。腰元で締められたベルトの徽章(きしょう)で警防員であることが分かる。
 「救助した人の手当をしているんだが、人手も物資も足りない。手伝ってはくれまいか」
 康弘と志津は顔を見合わせることすら無く即答した。
 自転車を押して警防員の後をついて行く。
 「まだ火は残っているから注意を」
 中くらいの広さの道に入ると、辺りは完全に燃え尽きていた。通れないことは無いが、本当に「通れないことは無い」程度に過ぎず、(くすぶ)った火が今にも再び炎上しようとしている箇所ばかりであった。
 「此処だ」
 警防員に案内された空地(くうち)には、所狭しと人が並べられている。
 「我々も応急処置にあたってはいるが、消火もやらにゃならんでね。相当手が足りないから、此処の人達の面倒を見てくれ。終わったら帰って構わんから」
 「終わったら」──「終わり」などあるものか!
 康弘はいち早く処置を始めなければという思いが込み上げてきていたが、どうにも足が動かない。
 目と鼻の先には血を流し、今にも途切れそうな呼吸を何とか続け、(うめ)き、叫びながら激痛に耐える人が幾人も居る。
 この景色は何処かで見た──野戦病院である。
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