三羽雀
 しかし、脈を測るに至った人は極めて少数であった。
 「御免なさいね、もう済みますからね」
 「痛いだろうが、もう少し頑張ってくれ……!」
 本当に限られた物資で、なんとか生き残った人のためにと無我夢中で治療を続けた。
 一人一人を見ている間にも新たに救助された人が運ばれてきて、治療は永遠かと思えるほどに長引いた。
 空地の中には自然に死者と生存者の区画が分かれ、彼らの間に出来た微妙な隙間は、地上の川のように見える。
 横たわる人々に声を掛けていると、生存確認をしている途中で息を引き取る者に出会ったり、治療中に息絶える人が出てきたりもした。
 内心は動揺したが、早く次に移らねばまた同じことが起きるかもしれないと焦燥の中に残った僅かな冷静さを頼りに、合掌して次の人に移るようになった。
 診るほうも診られるほうも目に光は無い。
 康弘と志津が空地での治療に加わってからも、本所の街は燃え続けている。
 工場の立ち並ぶこの区域は、軍需産業の一大拠点とそこに連なる下町を丸ごと焼いてしまおうという敵軍の計画には恰好(かっこう)の場所であった。
 頭上は何処となく明るくなってきたような気がする。
 それまで秒針しか読まなかった康弘や志津は改めて腕時計を見てハッとした。気がつけば時間は刻々と過ぎてゆき、朝の七時を迎えようとしていた。
 牛込に戻ることにした二人は警防員に残りの物資のうちの幾らかを分けて、未だ燃え続ける本所の街を後にする。
 火の収まった隅田川には小舟が浮かび、引揚の作業が行われていた。
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