三羽雀
帰路についた二人は何も話さなかったが、もう自転車を漕ぐ余力も無く、ただ俯いて歩き続けて自宅に戻った。
朝九時になろうかという頃に二人は牛込の自宅に到着した。門前に立っていたのは飯田である。
「すまないな、康弘君も、奥さんも。無理なお願いをしてしまって」
二人して首を横に振る。
「僕達が……助けられた人も……居るとは思います」
「……そうね」
自宅に入った二人は煤だらけの身体を洗い、服を着替えて出勤の準備を始めた。
志津は早くも台所で簡単に朝食を作っている。
「康弘さん、今日はくれぐれも無理はしないでね」
康弘の顔には限界を迎えたか、限界すら超えたか、とにかく疲れの表情が現れている。
「ああ……今日もいつも通りの診療が有るからな。ひとつ頑張るか」
そうして二人は遅れながらも仕事場に出た。
夜を徹して救急にあたった二人は正直なところ心身ともに疲れ切っていた。身体の疲れもあるのだが、何より精神的な疲れが大きかった。
偉い人は空襲を恐れず団結して都を守れなどと言うが、この先の東京は一体どうなってしまうのだろうか──昨晩の大惨事を見た人は皆そう思うだろう。
こんなことを考えながら二人は仕事をこなしていた。
その後は東京だけでなく名古屋、大阪、神戸と立て続けに大空襲があった。東京と同じような、官民構わず何でも焼き払ってしまうという攻撃である。
今一月、二月前を思い返して、あの日は「今後はもっと酷くなるぞ」という敵軍からの大規模な本土爆撃の合図だったのかもしれないと回顧する人が在るかもしれないし、帝国の未来を案ずる人が居るかもしれないし、この戦争の行く末或いはこれからの生活に絶望を抱く人が居るかもしれない。
若しくは、それさえも叶わなかった人が大勢居る。
朝九時になろうかという頃に二人は牛込の自宅に到着した。門前に立っていたのは飯田である。
「すまないな、康弘君も、奥さんも。無理なお願いをしてしまって」
二人して首を横に振る。
「僕達が……助けられた人も……居るとは思います」
「……そうね」
自宅に入った二人は煤だらけの身体を洗い、服を着替えて出勤の準備を始めた。
志津は早くも台所で簡単に朝食を作っている。
「康弘さん、今日はくれぐれも無理はしないでね」
康弘の顔には限界を迎えたか、限界すら超えたか、とにかく疲れの表情が現れている。
「ああ……今日もいつも通りの診療が有るからな。ひとつ頑張るか」
そうして二人は遅れながらも仕事場に出た。
夜を徹して救急にあたった二人は正直なところ心身ともに疲れ切っていた。身体の疲れもあるのだが、何より精神的な疲れが大きかった。
偉い人は空襲を恐れず団結して都を守れなどと言うが、この先の東京は一体どうなってしまうのだろうか──昨晩の大惨事を見た人は皆そう思うだろう。
こんなことを考えながら二人は仕事をこなしていた。
その後は東京だけでなく名古屋、大阪、神戸と立て続けに大空襲があった。東京と同じような、官民構わず何でも焼き払ってしまうという攻撃である。
今一月、二月前を思い返して、あの日は「今後はもっと酷くなるぞ」という敵軍からの大規模な本土爆撃の合図だったのかもしれないと回顧する人が在るかもしれないし、帝国の未来を案ずる人が居るかもしれないし、この戦争の行く末或いはこれからの生活に絶望を抱く人が居るかもしれない。
若しくは、それさえも叶わなかった人が大勢居る。