三羽雀
 想像よりも進展していた二人の関係に、母は内心驚愕していた。しかし、また勝俊を見て話し出す。
 「勝俊くん、春子を悲しませないと誓って頂戴。良いわね」
 「はい。きっと、春子さんを悲しませず、幸せにすると誓いましょう」
 胸を撫で下ろした母は、口元を緩めた。
 「それでは、近いうちに縁談があるということで春子に聞かせようかしら。それから、主人を通してお宅の旦那様にもお伝えしますから……もう今日はお帰んなさい」
 母は席を立ち、勝俊を応接間の出口へ導いた。それから少しだけドアを開け、
 「あら、おゆき。こんなところにいたのね……神藤さんをお送りして頂戴」
 と、ゆきに勝俊を見送らせた。
 (まさか、あの子今の話を聞いてはいないわよね……いや、あの子に限って人の話を盗み聞きするようなことはしないわね)
 母は疑心に満ちた視線を女中の背中に向けた。
 「お気をつけてお帰りくださいませ」
 邸宅の前で客人を見送ったゆきは、玄関に戻るのが少し怖くなった。
 (お嬢様に伝えるべきかしら……でも、女中の私が家のことに口出しはできないし……)
 勝俊の姿はもう見えない。ゆきは未だ玄関口の様子を窺うようにキョロキョロとしている。
 ゆきは、春子の母と勝俊との会話の一部を聴いていた。春子のおやつを台所に下げようとしたときのことである。
 「あまりお菓子を食べすぎると、御夕飯が食べられなくなってしまいますよ。お下げしましょうか」
 「あと一口だけよ、良いじゃないの」
 「では、これで最後ですよ」
 残り一枚のビスケットを頬張る春子を背に、食器を乗せたお盆を持って廊下を通る。
 「…結婚を前提に……したばかり……」
 (……結婚を前提に?話しているのはあのお客さんのはず……いや、立ち聞きは良くないわ)
 重大な単語を聞いた彼女はドアの前から動けずにいたが、ふと我にかえり台所へ向かった。
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