三羽雀
 「書店で偶然出会ったんですけれど、彼、私の手の届かなかった本を取ってくだすったの。とっても気が利く人で、美形で、優しくて、謙虚で……私は彼が成田実業の御長男だとは後から知ったけれど、とても感じの良い人だったわよ」
 「やっぱりそうなのね、清士兄さんは私の理想の人だったんです……そういえば、幸枝さんは?いつから清士兄さんのことを?」
 興味津々の目を向けられた幸枝は一瞬二人から目を逸らしたが、
 「いつからって……少なくとも私が女学校にいたときは名前だけは知っていたわ。成田実業のエリート兄弟だもの、弟さんと揃いで有名だったわよね。彼に初めて会ったのは彼が一高の時かしらね、笑える話だけれど、浅草で偶然!お財布を拾ってくれたのが始まりだったわ。でも……おかしいわね、成田さん、私の前では何というか、少し頼りないというか、お豆腐みたいな人だったわよ。最後なんて、もう自棄(やけ)になっちゃって」
 春子は息を呑んだ。志津も口元を両手で覆っている。
 「壮行会の直前だったわね、突然うちにやって来て、日本は戦争に負けて何もかもが新しくなるなんて言って帰っていったのよ。夢で八十年後の東京を見たとか何とか……私、彼は戦争に征くことになって動揺してそう言ったのかと思っていたけれど……何だか予言していたようで少し気味が悪いわね」
 困り顔を見せる幸枝であったが、春子がその目を真っ直ぐに見つめている。
 幸枝もそんな春子の視線に気が付き、
 「何か付いているかしら」
 と自らの顔を撫でる。
 「いえ、そうじゃなくって」
 春子は続ける。
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