三羽雀
 清士は実際、あてもなく歩いているだけであった。
 本当は級友と一緒に戻っていて良かったのだ。
 しかし、隣を歩いている小柄な少女の存在が、彼をその気にさせなかった。
 「その……特に行先は無いのですが」
 「はあ」
 「少し休みませんか」
 二人の視線の先にはこぢんまりとした喫茶店があった。
 清士は店のドアを開け、幸枝を通す。ドアに付いた鈴がカランカランと鳴った。
 「コーヒーをふたつ」
 席に着くと同時にやってきた給仕係にそう伝えた学生は、制帽を取って座り直す。
 「……そういえば、貴女は確か伊坂さん、でしたね」
 「ええ」
 学生はコーヒーを一口啜る。
 正直何を話して良いものか、こうなると話題の一つも浮かばぬものだ。
 「成田さん、浅草にはよくいらっしゃって?」
 幸枝はスプーン一杯分の砂糖を入れた水面をかき混ぜる。
 「いやあ、それほどでもないですよ」
 「……そうよね」
 二人の間に暫し沈黙が流れる。
 「『そう』だとは……つまり?」
 清士は幸枝の何気ない一言が気になった。
 「成田さんって、とっても真面目な方なんじゃないかしらと思ってね。私みたいに浅草(ここ)でのらりくらり、ふらふらとしているのは似合わないもの」
 「そんなに真面目では……」
 「それに」
 「それに?」
 「……良家の御子息がこんな庶民の街に来るはずがないわ」
 幸枝の鋭い眼光に、学生は動揺した。
 同時に幸枝はまた不敵な笑みを浮かべる。
 「改めて自己紹介をするわ、私は伊坂幸枝……伊坂工業の長女よ」
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