三羽雀
 「それから、僕は昨日まで貴女が伊坂工業の御令嬢だとは本当に知らなかった。弁解したいわけではないが、僕は学業に専念するために会社には関わらないと決めていたから、うちの会社のことも、その周辺のことも全く知らなかったんだ」
 清士は昨晩、父に伊坂工業の令嬢と出会ったと話すと、
 「あの伊坂工業のか!大したもんだなあ」
 と感心していたので、そんなに有名な企業なのかと尋ねると、
 「業界人ならば先ず知らない人は居ない。それから伊坂のお嬢さんもよく知られている」
 と興奮気味に話していたのを思い出した。
 「……私とは真逆ね」
 クスッと笑った幸枝は、コーヒーを一口啜る。
 「真逆とは」
 「私は女学校を出て直ぐに家業に勤めた。女子大学校には通っていないわ……家業と引き換えに学業を切り捨てた。貴方は学業を取った、そういうことよ」
 「少々嫌味だな」
 薄ら笑いを浮かべた女が憎らしくなった清士は、遂に黙ってはいられなくなった。
 対する幸枝は、正論を言ったはずが嫌味に捉えられたことに驚きを覚える。
 「嫌味なんかじゃあないわよ、それに、学業を貶すつもりは一切無いわ。生き方なんて人によってみんな違うじゃない」
 「……」
 「何か目標があって学業に励んでいらっしゃるのでしょう?」
 「まあ、そうだが……」
 「それならただ堂々としていれば良いのよ、折角この国で一番の高等学校の学生さんなんだもの」
 「何処でそれを」
 清士はまだ自分のことを詳しくは知らないはずの幸枝が自身の通う学校を知っていることに疑念を持った。
 幸枝はまたいつもの不敵な笑みを浮かべて言う。
 「貴方も私たちの業界では相当有名よ」
 「はあ、そうでしたか……」
 「そういえば、成田さんは何を専攻なさるおつもりで?」
 関心に満ちた幸枝の眼がキラリと光る。
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