三羽雀
 妻はこの家に来てから昭二にだけは付きっきりだが、他の一切には関心を示すどころか目もくれなかった。
 初めは赤子の世話が大変だろうと黙っていた父も、昭二が歩き出してから釘を刺したことがあった。
 「千代子」
 「はい」
 「こちらへ来てくれたまえ」
 父は妻を隣の部屋へ促すと、彼女はその場に座っていた子どもを抱き上げた。
 「(しょう)ちゃんもママちゃんと一緒に行きましょうね」
 「二人で話をしたいのだが」
 そう言うと彼女は血相を変えてもう一度繰り返した。
 「ママちゃんと一緒よ」
 「五分で良い、女中と遊ばせておきなさい」
 「嫌です」
 妻は唇が切れるほどに歯を食いしばり顎を震わせた。
 これでは話すことすらままならないと感じた父は、炊事場にいる二人の女中を呼びに居間を後にする。
 「おい、頼まれてくれないか」
 「はあ」
 「妻と話がしたいのだが、どうもあいつが子どもを手放さないんでね。少しの間昭二の面倒を見てもらえはしないだろうか」
 女中たちは顔を見合わせたが、すぐに互いに頷いて、
 「かしこまりました」
 と言って席を立った。
 「昭二、おばさんたちと遊びなさい」
 「ほうら、こっちですよ」
 女中たちが床に転がっていた手毬やお手玉で遊んで見せると、それに目を取られた昭二は笑って二人の元へよちよちと歩く。
 その一方で父は母の手を取り、
 「話すことがある」
 と再び妻を隣の部屋へ促した。
 「可愛いあんよですねえ」
 「よちよち、一緒に遊びましょうね」
 子供というものはやはり可愛らしいものだが、女中から可愛がられている昭二を見た妻は何を感じたか、
 「昭ちゃん、ママちゃんはすぐに戻ってきますからね」
 と声高に言った。
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