三羽雀
 「お父様、幸枝です。お兄さまの様子を見てきました」
 「どうだったかい」
 「院長さんから伺った話では、お兄さまは疲労だそうよ。お父様の仰った通り、きっと激務が祟ったんだわ」
 「それで今は」
 「今は病室でお休みになられています。早ければ明日の朝にでも退院できるかと」
 「そうか……大事に至らなかったのが幸いだな」
 「ええ、今晩は病院かこの辺りの宿に泊まります……少しでもお兄さまのお側に居てあげたいの」
 「私ももうじき戻るから、必要なものがあれば女中に届けさせようか」
 「有難うございます。住所をお伝えしておきます……これで一安心だわ」
 電話を終えた時、受付の女性は忽然(こつぜん)と居なくなっていた。
 小窓の枠の向かい側には、またしても離席中の札が置かれている。
 (離席中と言っても、大した人数が居ないんじゃあ意味が無いわよ)
 受話器を置いた幸枝は、ソファと一脚の椅子に低い机が置かれただけの待合室に腰を落とす。
 間も無くして、診察室の方から女性が戻ってきた。
 「あの、お電話……有難う」
 「いいえ、大切なご連絡でしょうから……もうお帰りになりますか」
 一度受付に戻って電気を消し窓を閉めた女性は、待合室の椅子に掛けた。
 「今晩は泊まろうかと思いまして……この辺りで何処か良い宿はご存知?」
 女性は一度考えたが、病院の周辺はどうにも住宅ばかりで宿という宿はない。
 (新宿まで行けばある筈だけれど、この子はそういう意味で言っているのではないわよね……分かるわ……)
 考えた末、良い案が浮かんだ。
 「もしよろしければ、(うち)にお泊まりになられて?」
 「え?」
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