三羽雀
 「そうね……それもそうだわ」
 (それでも、なんとかしてこの状況を変えたい。できるだけ早く、相手に新たな条件を取り付けて、お兄さまに負担がかからないようにしたいのよ)
 「……青山はどうだ」
 義雄は頭の中に地図を浮かべながら、陸軍の所管の学校を提案する。
 「お兄さま……そうしましょう!」
 幸枝の表情もパッと明るくなる。
 「青山は赤坂よね、念のため海軍は避けたいわね……」
 「海軍は確か京橋の辺りか、まあ問題ないだろう。青山で提案してみようか」
 「ええ、お兄さまがそう決めてくださると私も嬉しいわ」
 改めて兄の手を握った妹の目は爛々としている。
 「ただ、どう伝えるものか……次の仕事はおそらく二週間後くらいになる」
 「私が明日にでも行くわよ」
 「は?」
 幸枝は舞い上がってつい無謀だと思われるようなことを口にした。
 「良い方法を思いついたの」
 くすくすと笑う妹を前に兄はどうしたら良いか分からなかった。
 混乱が渦巻く病室であったが、突如として院長が入ってきた。
 幸枝はサッとその場を立ち、ゆっくりと歩く院長を出迎える。
 「先生、色々と有難うございます」
 院長は、気にしないでくださいと言わんばかりに片手を左右に振った。
 「先程は診察いただき有難うございました」
 義雄も座ったまま会釈をする。
 「いやいや、本当に良かったですよ。改めて経過を見て検討しましたが……」
 兄と妹は固唾を飲んで院長の目を見る。
 「特に問題はないから、今からでも帰っていただいて結構です。ただし……」
 顔を合わせた二人には一瞬安堵の表情が浮かんだが、再び院長のほうを向く。
 「三日間は自宅で静養なさってください。それから薬も出しますので、忘れずに飲むように」
 「はあ、有難うございました」
 院長はまたしても手を左右に振って病室を出ていった。
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