三羽雀
 「自動車を手配してくるわ……お兄さまはもう少し休んでいらして」
 病室を出た幸枝は受付へ向かう。
 「志津さん、お電話をお借りしても良いかしら」
 「はあ、どうぞ」
 受話器を片手に受付の奥に目を遣ると、大きな薬棚があり志津がその棚の前で作業をしている。
 「ええ、牛込の高田内科醫院に。出来るだけ急いで来ていただけるかしら。ええ、はい。では」
 幸枝が受話器を置いたと同時に志津が受付に戻ってくる。
 「……薬剤師のかたは?」
 志津が持っていたのは三種類ほどの薬であった。
 「実は私が薬剤師なの。昔は事務員を雇っていたのだけれどね……事情があって今は私が受付と調剤を兼任しているのよ」
 志津の指した先を見るように振り返ると、父の免許と並んで彼女のものも掲げられている。
 「あら、志津さんは薬剤師が本業なのね……志津さん、先に診療とお薬のお代を。お兄さまを呼んでくるわ」
 受付に代金を置いた幸枝は病室へと舞い戻った。丁度病院の外で車の音が聴こえる。
 「お兄さま、車が来たわ。お薬を受け取ったら家に戻りましょう」
 「ああ、有難う」
 病院の待合室には志津とその父、そして二人の看護婦が集まっていた。
 「皆様、一晩有難うございました」
 薬を受け取り説明を聞いた義雄は幸枝とともに一礼して病院を出る。
 志津らは病院の外へ出て二人を見送っている。
 「良かったですね、回復して」
 「そうだな……良かったな」
 車はどんどん遠ざかっていく。
 車内に並んで座った二人は、何も話さず互いに窓の外を眺めていた。
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