転生悪役幼女は最恐パパの愛娘になりました 番外編
「尖塔がある……。ということはここは過去? それとも尖塔の修復が済んだ未来?」

 どうやら水鏡を通って時空を超えてしまったようだった。本来、水鏡に時間を超越する力はないのだが、サウィンのせいで時空が乱れてしまっていたのだろう。

「過去かな。修復したにしちゃ尖塔は古そうだし、この納屋もまだ新しい感じだ」

 そう言われてみると、納屋の外壁が綺麗だ。確かこの納屋は二十年前に増築したはずだった。

「ってことは、ここは二十年~十八年くらい前ってことかな」

 なんとなく時代に目星はついたが、それはそれで困ってしまった。過去になんか飛ばされて、いったいどうすればいいのだろう。

「もう一回水鏡を通ってもとの時代に戻るしかないな。問題はサウィンじゃなきゃそれが難しいってことだ」

 納屋に戻ったレヴは水鏡に魔力を籠めながら言う。サマラは空を見上げて眉根を寄せた。
 毎年サウィンの頃は満月、もしくは満月を過ぎたばかりの下弦の月だ。しかし空に浮かぶ月は西側が欠けている上弦の月だった。

「残念ながら今日はサウィンじゃないみたい。でも気候は秋っぽいし、庭の木が色づき初めてるから時期的には同じ頃だと思うわ」

「サウィン通り越して11月じゃないことを祈るぜ。もしそうなら一年近く待たなくちゃならないからな」

 レヴとサマラは揃って肩を竦めた。もとの世界での時間の流れはわからないが、なるべく早く戻りたいのは当然である。

「とりあえず今夜泊まるとこ探さなくちゃね。街に出て宿を探そう。正確な日付も知りたいし」

 まさか二十年近く昔のアリセルト邸に帰るわけにもいかず、サマラは街へ向かって歩き出そうとする。しかしレヴはそこを動かず、再び肩を竦めた。

「俺、金持ってないけどお前は?」

「あ」

 篝火を焚くために納屋へ行っただけなので、当然お金など持ってきていない。もちろんお金がなければ宿どころかパンの一個も買えないのだ。

 結局この日は、レヴが庭の奥に穴ぐらを作りそこに葉っぱを敷き詰めて眠った。初めてのふたりだけの夜だというのに、半分野宿のような状態で無事に帰れるかの不安が募るばかりで、ロマンチックな空気など皆無なまま夜が明けたのだった。



 翌朝。庭のリンゴの木から実をもいで朝食をとったふたりは、こっそりと魔法研究所へ行った。魔法研究所では季節の行事を重要視する魔法使いのために、入口に日付を書いたボードがかけられているのだ。

「大陸歴2002年10月29日……よかった、サウィンの直前だ!」

 ふたりはホッと安堵する。あとは二日ほど適当にやり過ごせば、レヴの魔力でもとの時代に帰れるだろう。

「ねえ、思ったんだけど私のブローチ売れば宿代くらいにはなるんじゃないかな」

 サマラは襟元についていたブローチを外しながら言う。国で一番のお嬢様であるサマラの服飾品は高価だ、売ればきっといい値段になる。

「あーその手があったか」

「ね。なんで昨日気づかなかったんだろう」

「まあ俺は野宿でも構わないけどな。外で寝るの気持ちいいじゃん、妖精もいるし」

「私はもう嫌だよ。見たでしょ? 今朝の私の髪。きちんと洗ってまとめて寝ないと、朝もじゃもじゃになっちゃうんだから」

 癖毛のサマラは髪の手入れが大変だ。今朝はボサボサに広がったうえ髪が絡まり合い、直すのにそれはもう苦労した。

「癖っ毛を直す魔法ってないのかなー」

 指先で髪をいじりながら呟く。ふと、母か父は同じような髪質だったのだろうかと思った。昨日の騒動のせいか、厄介な性質を残してくれたものだとちょっと恨みがましく思ってしまう。すると。

「いいじゃん、お前のフワフワの髪。赤くて、夕焼けの雲みたいで俺は好きだぜ」

 そう言ってレヴが頭を撫でてきた。お世辞やおべっかと縁のない彼の言葉は、本物だ。

 サマラは頬を赤くして顔を俯かせる。抑えようとしても口角が上がってきてしまう。

「レヴってロマンチストよね……」

「魔法使いってみんなそうじゃね?」

 そんな会話を交わしながら、街へ向かおうとしたときだった。研究所から誰かが出てきて、大股で歩きながらサマラたちを追い抜いていく。

 その人物の横顔を目の端に捉えて、サマラはうっかり叫びそうになった口を手でふさいだ。
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