転生悪役幼女は最恐パパの愛娘になりました 番外編
~That day 17 years ago~


「ナーニア、すべて捨てて俺と逃げよう!」

 そう言って差し伸べたセクトの手を、ナーニアは涙を浮かべて掴もうとした。けれど――

「待って。サマラが……」

 振り返った先には、小さなベッドで眠る赤ん坊が。
 赤い髪と緑の瞳。間違いなくセクトとの愛の結晶だ。

 木を伝い窓からナーニアの部屋へ手を伸ばしていたセクトは、首を伸ばし中の様子を窺う。しばらく唇を噛みしめ葛藤したあと、苦渋の表情で口を開いた。

「サマラは……置いていこう。これから国を出るまで厳しい旅になる。行きついた先が安寧の地とも限らない。赤ん坊に……娘につらい思いはさせたくない」

 セクトの言葉にナーニアは目を見開き「そんな……」と呟いた。セクトは木の枝から飛び降りて部屋に入ると、ナーニアの肩を掴んで言う。

「厳しい旅に連れ回すより、アリセルト家の娘として育ててもらった方がサマラは幸せになれるに決まってるよ。それに……サマラがきっと、残されたディー様の心を慰めてくれる」

 ナーニアは困惑の表情を浮かべていたが、やがてフラフラとベッドまで行き、眠るサマラの頬を撫でると涙をひと粒落とした。

「ごめんね、サマラ。ディー様と幸せになってね」

 それは、歪んでいて醜くてエゴイズムに溢れた愛。人々が声を揃えて「間違っている」と非難する愛。

 けれどナーニアとセクトにとってそれは、偽りのない親の愛だった。



 大きく開け放たれた窓から秋の風が吹き込む。風の妖精たちが舞い込んだ木の葉と一緒に、クルクルと赤ん坊の周りを飛び回っていた。

 サマラは冷たい風に頬を撫でられ、かぼそい泣き声を上げながら目を覚ます。
 抱き上げてくれる人は、もういない。

 アリセルト邸の子供部屋からは、しばらく赤ん坊の泣き声が響き渡っていた。


to be continued ……
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