天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
プロローグ
今、どうしようもなく抱いてほしいと願っている相手は、この世で一番、憎い人だ。
「君に欲情していいのは……、俺だけだ」
切れ長の黒い瞳で私を見下ろしながら、彼は当然のようにそんなことを言ってのけた。
寝間着の淡い水色の浴衣は簡単に片手で剥がされてしまい、肌が外気に晒された。
夏の夜の生ぬるい風では、火照った体は簡単には冷めなくて、彼のピアニストのように長い指が肩口に触れただけで更に熱くなっていく。
私は唇を噛み締めて、美しく涼しげな顔をしている相良優弦のことを睨みつけた。
「私は、あなたを許さない……っ、一生」
こんな屈辱、今まで一度も感じたことはない。
でも、感情とは裏腹に、体は求めてしまっている。
この男に触れてほしくてたまらないと、体が疼く。
乱れている私とは反対に、寸分の狂いもなく浴衣を着こなしている彼は、向けられた憎悪に全く動揺することなく、そっと私の髪に優しく触れた。
「……許さなくていい」
「え……?」
「それでも、俺は君を求める」
優弦さんの唇が体に触れて、ビリッと電流が流れたような感覚に陥った。
勝手に体が跳ねて、甘い痺れが脳を駆け巡っていく。
「あっ……やめ……っ」
私が暴れたせいで、彼の浴衣がはだけ、鍛えあげられた体が行燈の柔らかな光に照らされた。
濡れたように艶やかな黒髪をかきあげて、彼は私を見下ろす。
「世莉」
どうしてそんなに、優しい声で呼ぶの。
戸惑いを隠せないまま、私は優弦さんから目を逸らした。
ずっと気のない態度を取っているというのに、彼は私のことを落ち着かせるように、手の甲にキスをしてきた。
驚き視線を戻すと、彼は想像以上に真剣な瞳で、私のことを見つめていた。
その、色気のある瞳に見つめられたら、もう何も、考えられなくなる。
抗いたいのに、抗えない。
憎しみが快楽に変わっていく自分が許せなくて、私はただ、声を押し殺した。
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