天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 井之頭さんは相変わらず掴めない人だ……。
 どぎまぎしつつ御礼を伝えると、優弦さんが「先に言われた」と少し不服そうにしている。
 今日は、赤い寒牡丹が咲き乱れる着物を選んだ。牡丹は高貴や幸せを象徴とする花として、縁起がいいとされているため、お正月に向いている柄だ。
 髪はハーフアップにして、シンプルな簪で留めている。
 優弦さんはそんな私をじっと上から愛おしそうに見つめると、「綺麗だ」と花に向けて言うように呟いた。
 やはり、井之頭さんから言われるときとはまた感覚が違う。
 優弦さんに褒められると、カーッと体の奥が熱くなってくる。
「あ、ありがとうございます……恐れ入ります」
「うちの汚い親族にその姿を見せるなんてもったいないね」
「きっ……、そんな、滅相もございません。何てことを……」
 誰かに聞かれたらどうするのだと思い一気に青ざめたけれど、優弦さんは穏やかに目を細めたままだ。
 やがて井之頭さんが荷物を置き終えて戻ってきたようで、彼とは庭でお別れすることになった。
 井之頭さんに別れを告げ、私達はようやく家に入ることに。
 玄関前に足を踏み入れたところで……、私は何かを感じ取りピタッと足を止めた。
 何だか、今日の優弦さんは、いつもと違う気がする……。
 私への態度はいつも通りだけれど、何だか少しだけ、緊張感があるような……。
「あの、優弦さん……」
「世莉。これから俺がすることを、ただ見守っていてくれるかな」
「え……?」
「俺はね、梅さんのことがあってからずっと……、今日という日を待ち望んでいたんだ」
 そう言って、優弦さんはゾクッとするほど冷血な笑みを浮かべた。
 そして、目の前の戸を開き、私の手を握って中へと入っていく。
 ドクン、ドクン、ドクン、と、自分の心臓がはっきり一音一音聞き取れるほど、私の胸はざわついていた。
 優弦さんが待ち望んでいたこと。
 それはいったい――。
「優弦、遅いぞ。はやく座りなさい」
 優弦さんに手を優しく握りしめられて、私は彼の後をついて席に座った。
 旦那様、優弦さん、私……という並びになり、相良家の人々を一望できる状態になった。
 まさに、華麗なる一族。
 誰ひとり和やかな表情の人はおらず、じっとこちらに視線を向けている。
 変な汗がたらりと背中を伝い、一気に緊張感が増してきた。
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