天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 元旦だというのに、この異様な空気はいったい何……?
「優弦もそろったところで、最初に皆に発表がある」
 おちょこを持ったまま、旦那様が声を張り上げた。
 皆、箸をお膳の上に置いて、集中して旦那様の声に耳を傾けている。
 まるで会議室の中のような張り詰めた空気感に、体が硬直する。
「四月から優弦を、副院長にしたいと思う。異議があるやつはいるか」
 え……? 優弦さんを、相良医院の副院長に……?
 いずれそうなることは十分分かっていたけれど、想像以上に早い。
 今は旦那様の弟が副院長を務めているはずだったけれど、ポジションはどうなるのだろうか。
「ちょっと……っ、優弦にはまだ早いでしょう! 兄さんどういうことですか」
 眼鏡に白髪交じりの短髪の現副院長が、立ち上がって抗議した。
 隣にいた奥様も、うんうんと大きく頷いてこっちを睨みつけている。
 しかし、旦那様は全く動揺することなく、視線を彼らにゆっくりと向けた。
「幸久(ゆきひさ)、単純にお前の実力不足だ。勉強会にも参加せず遊び呆けて……」
「なっ……、さ、相良家のために接待しているんですよ俺は……! 優弦何てまだ三十そこらの青二才……」
「お前の酒癖の悪さのせいで、いくら名家と関係性が切れたと思っている」
 地を這うような低い声に、優弦さんを除く全員が肩をぶるっと震わせた。
 幸久さんも唇を噛んで悔しそうに黙り込み、大人しく座り込んだ。けれど、幸久さんの奥様は私のことを鬼のような形相で睨みつけている。初見は四十代くらいの気品漂う女性だと思っていたのに、今は全く違う人に見える。
 もしかして、私にポジションを奪われたという怒りをぶつけてきているのだろうか。
 目を逸らしても伝わってくる鋭い視線に、また嫌な汗が全身を伝う。
「運命の番がどれだけ希少だとしても、まだ子供も生まれていないくせに……っ」
 耳を疑うような言葉が聞こえて、バッと顔を上げると、幸久さんの奥様が顔を真っ赤にして声を荒らげていた。
 それを受けて、旦那様は自分の顎を指で掴み、ふむと頷く。
「たしかに、アルファ型の子供が生まれなければ、価値はないな」
 怒りで、ぶるぶると手が震えていることに気づいた。
 この人たちは……、人間じゃない。
 お金や地位のことばかり考えている、ただの化け物だ。
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