天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
「え……?」
「何が不満ですか。教えてください」
 無意識のうちに、真っ直ぐ百合絵さんの目を見ながらそう問いかけていた。
 あまりに直球な質問に驚いたのか、うしろの女中たちは眉を顰めてざわついている。
 しかし、百合絵さんは冷たい表情のまま、「あなたが奥方の立場に相応しくないからです」と答えた。
「相応しくない……というのは、どういう点で?」
「相良家は由緒正しい名家です。あなたが生まれるまでは、木島(きじま)財閥の御令嬢との婚約が決まっていたのはご存知ですか。そうすれば、相良家はもっと大きくなれましたのに……」
 木島財閥……。日本で三本指に入るほど大きな財閥だ。日本で名前を知らない人はいないほど。
 そんな御令嬢と婚約していたことなんて、もちろん知らなかった。
 でも、私が生まれる前に決まっていたとなれば、その頃優弦さんもまだ子供だったはずだ。
 どうせ、親同士が勝手に決めたことなのだろう。
 心のどこかで、一瞬優弦さんに同情した。
「知りませんでした。では、二人の仲を引き裂いてしまった悪役として、謹んで行動します」
 目を逸らさずに答えると、百合絵さんは悔しげにぎゅっと口を結ぶ。
「この結婚に私の意思はありませんが、与えられた役目はまっとうするつもりです」
 唖然としているほかの女中たちの前を通り過ぎて、私は着替えるために自室へと向かった。
 肌の熱さはだんだんと痛みに変わっているので、これは病院に行った方がいいかもしれないと思った。
 急いで廊下を走っていると、曲がり角でドン!と誰かにぶつかってしまった。
「申し訳ございませ……!」
「世莉さん……?」
 ぶつかった相手は、運悪く相良優弦だった。
 私は火傷した着物の上から胸を押さえながら、顔を上げる。
 優弦さんはすぐに私の非常事態に気づいたようで、片眉をぴくっとあげて私の着物を訝しげな目で見つめてきた。
「何か、ありましたか……?」
「いえ、何も……」
「……こっちへ来て」
 氷の入った袋を持ったままだったので、だいたいの予想はついてしまったのだろう。
 強引に腕を引っ張られ、私はすぐ横にあった和室へ連れ去られた。
 スパッと後ろ手で障子を閉めた優弦さんは、真剣な顔で私を見つめている。
 胸の火傷を隠していた手をゆっくり解かれ、彼は躊躇なく着物の襟もとを少しだけ捲った。
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