天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
灰色の日々
▼灰色の日々

 相良家に来てから、もうすぐ一カ月が過ぎようとしていた。
 七月も終わりが近づき、お盆にかけてさらに暑さを増していっている。
 女中として働く期間はあと一週間ほど。
 今日までの三週間は、多忙な家事のほか、相良家の家系図を覚えたり、先祖が出版した自伝的な書籍を読んだりした。
 相変わらず女中からのいびりは続き、仕事を教えてもらえなかったり、邪魔をされたり、雑用ばかり押し付けられたりした。
 でも、私は耐えられた。幼少期にも、あの相良家に“運命の番”がいることを妬まれ、いじめを受けてきたから。
 祖母がいなければ、私はここまで人生を続けられていなかっただろう。
 朝の四時半。まだ薄暗い時間に起床した私は、家から持ってきた古いタンスを開けた。
 祖母が縫ってくれた観世水の柄の着物を取り出し、じっと見つめる。
 祖母のぬくもりを思い出しながら、心の中で『大丈夫。大丈夫』と何度も唱える。
 残業を押し付けられ寝不足の毎日が続いている私の顔色は、見るからに悪い。
 あれから旦那様と旦那様の奥様に会うことはほとんどなかったけれど、『世継ぎはいつ予定しているのか』と旦那様が誰かと立ち話をしているのを偶然聞いてしまった。
 私に興味のある人間など、この家にはひとりもいない。
 価値があるのは、私の遺伝子だけ……。
 そう思うと、だんだん気持ちが暗くなってきた。世界のどこにも味方がいないような気がして……。
 祖母がいなくなったときの感情がこみ上げてきたので、私は吞まれないように慌てて首を横に振った。
 行動を起こすにはまだ早い。
 私は数年前から、相良病院で受けた仕打ちを告発したいという人たちの実名を、独自に集めて管理している。
 遺伝子のタイプにはアルファ型とオメガ型があり、アルファが優秀な血統であると相良家を代表とする何人かの専門家は言い切っている。
 相良家は全員アルファ型で、私はオメガ型。そして、処置で差別されたと訴えている人のほとんどが私と同じオメガ型の人間だった。
 実際にアルファ型の人間の活躍は凄まじく、何か特別な作用があることは認めざるをえないが、人の命はみな平等だ。そこに差別など決してあってあならない。
 ましてや、命を扱う職についている人たちがそんな思想を持っているなんてありえない。
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