天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 仕事用の着物を身に纏い、さっと髪の毛にくしを通して、まとめあげた。
 オメガ型の告発が百件に達したら、全部まとめて週刊誌に流し込む。
 そして、内部から相良家を破滅させるのだ。
 
 その夜。仕事を終えた私は、眠気覚ましにコーヒーを淹れようとしていた。
 晴れ着の仕事が増えてきたので、今日は朝まで根詰めなければならない。
 通り道にある優弦さんの部屋は、まだ明かりがついていた。何となく気配を潜めて静かに通り過ぎようとするけれど、ある会話が聞こえてきてしまった。
「優弦様、私は恐れています……。このまま相良家をめちゃくちゃにされてしまうのではないかと……」
 この高い声は、百合絵さんだ。 
 部屋にいれるだなんて、あの二人、もしかして親密な関係なのだろうか……。
 思わずぞっと鳥肌が立ち、両腕をさする。
「この前、優弦様はお優しいから世莉様の火傷の手当をされていましたけれど……。あれは演技なんです」
 なぜ、優弦さんに手当されたことを知っているの……?
 厨房を出ていった私のあとをつけていたのだろうか。
「演技?」
「はい、私たちにいじめられていることを優弦様にアピールし、邪魔な私たち女中を悪役に仕立て追い出そうとしているのです。全ては相良家の奥方としての権力を強くするために……」
 なるほど。そうきたのね……。
 立ち聞きしながら、私は思わず感心した。
 新参者の私が相良家で権力をふりかざすには、忠誠心の高い女中たちが邪魔だから、追い出そうと企んでいると。
 相良家の人間が聞いたら、百パーセント百合絵さんを信用するだろう。
「そうか。教えてくれてありがとう」
「優弦様……」
「今日はもう遅い。この件は俺に預けてもう寝なさい」
 中の様子は見えなくとも、目を潤ませ感激している百合絵さんの表情が目に浮かぶ。
 中庭では鈴虫が鳴いていて、生ぬるい風が頬を撫でた。
 このまま、復讐を果たす前に追い出されてしまったらどうしようか。
 一瞬途方に暮れたけれど、なるようにしかならないと、腹をくくった。
 縁側から、弓のように細長い月を見上げる。
 私の家族は、空の上で幸せに暮らせているだろうか。
 だったらいい。私の願いは……、それしかない。

 次の日。見知らぬ男性が台所に立っていた。
 優弦さんと同じくらいの年齢で、メガネにスーツ姿というお堅い空気感の男性。
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