天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 会社を畳んでから泣く泣く別れを告げた相手で、ずっと彼女のことが気がかりだった。
 家族のような存在だったのに、突然の不幸で一緒にはいられなくなってしまった大切な人との再会に、涙が一気に溢れ出てしまった。
「ばあや、元気だった……? 今までどう過ごしていたの?」
「えぇ、あれから実家の農家をやったりしてのんびり過ごしていましたよ。また世莉様と一緒にいられると聞いて、駆けつけてきました」
「いったい誰が……?」
「優弦様から突然お電話をいただいたときは驚きました」
 優弦さんが、ばあやに連絡を取ってくれたの……?
 ばあやの話など一度もしたことがなかったのに、いったいどんな方法で……?
 疑問が尽きない私に、優弦さんは「情報は井之頭が調べた」と一言で片付ける。
「相良家の人間ばかりでは、肩身が狭いだろう」
「なぜ、そんなことを……」
「辛い思いをさせてしまったな」
 ふっと、申し訳なさそうに目を細める優弦さんを見て、胸が軋んだ。
 どこにも味方がいないと思っていた私にとって、ばあやとの再会は今一番嬉しい贈り物だった。
 どこでこんな情報を手に入れたのか。どうやって私の気持ちを汲み取っていたのか。
 何も分からないけれど、今はただ、素直に感謝をしたいと思ってしまった。
「ありがとう、ございます……」
 そっと頭を下げる私の肩を、優弦さんはそっと撫でて、「こちらこそすまない」と謝罪した。「彼女たちの次の就職先を見つけるのに少し手間取ってしまった」と。
 百合絵さんは、背後から優弦さんに迫って、激しく優弦さんの肩を揺さぶる。
「優弦様、優弦様、お待ちください! 態度を改めますのでこれからも……!」
「百合絵さん。君は少し距離が近すぎるようだ。この前も突然部屋に押しかけてきて、よその家ならありえないことだよ」
「あっ……」
 百合絵さんはすぐに手を離して、カーッと赤面する。
「父が君を洗脳しすぎてしまったね」
「ゆ、優弦様……?」
「こうなる予感はしていた。いい機会だったのかもしれない」
 心から哀れんだ目で百合絵さんを見つめる優弦さん。
 百合絵さんも、もう何も言葉が届かないことを察したのか、静かに瞳を暗くしていった。「世莉お嬢様、これからは敏子がいますからね……」
 茫然としている私を、ばあやが温かい手で包み込んでくれた。
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