天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 この前入ったときは夜だったのと、意識が朦朧としていたため部屋の全体がよく見えていなかったけれど、障子を開けたそこには、高級旅館ばりの部屋が広がっていた。
 二十畳ほどはある和室は、仕切りで寝室と書斎の二つの部屋に区切られており、書斎部屋は木の床になっている。要所要所に花や植物が活けられていてシンプルながらどこか緊張感のある和モダンな部屋だ。
 見ただけで上質な木材だと分かる木の床にそろっと足を踏み入れ、本棚を見つけた。
 床から天井までぴったりのサイズで作られている大きな本棚には、医学書がびっしり並べられている。
 この本を本当に全部読んでいたのだとしたら、彼の脳の中はいったいどれほどの知識で溢れているのだろう。
 確かに、一番下の段はファイルがいくつも並べられていて、資料の保管場所にしているようだった。
 緑色の分厚いファイルはすぐに見つかったので、ファイルの背に人差し指をかけて取り出す。
 そのときふと、悪い考えが浮かんできた。
――何か、相良家の弱みを握れるようなものはないだろうか。
 でも、外では井之頭さんが待っている。長い時間を使うことはできない。
 私は立ち上がって上から順に書籍のタイトルを流し読みしたけれど、極秘の患者情報の書類などはありそうにない。
 もし、差別をしている証拠が掴めれば……。隠したい患者の個人情報を持ち込んでいたりすれば……。そんなことを考えたけれど、本棚には一切の隙がない。
 そんな中、私はふととある書籍が気になり、手に取った。
【オメガ型とアルファ型の因果関係について 相良寿】
 旦那様が書いた、バース性に関する本だ。
 あまり市場に出ていないので、聞いてはいたものの、目にすることは初めてだった。
 この本にはきっと、差別を助長するようなことが多く掲載されているのだろう。
 怒りを必死に抑えながら表紙を開くと……、信じられないものを目にした。
「何で……?」
 ほとんどのページが、雑に破られていたのだ。
 どうして? いったい誰がこんなことを? 
 もしかして、内容を知られないため? いや、一般でも発売されていた本だから、それは考えにくい。むしろ、旦那様はこの考えを世間に広めたいと思っているはずだ。
 だとしたら、こんなことをするのはその逆の考えを持った人間としか考えられない。
「まさか、優弦さんが……?」
< 37 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop