天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 ふと、そんな考えがよぎる。
 今まで、彼は私を助けることばかりしてきた。
 もしかして、彼も何か葛藤しているというのか。
 何もかも分からなくなって、思考が停止した。
「奥様? 見つかりそうですか?」
「あっ……今!」
 井之頭さんに急かされた私は、急いで緑のクリアファイルを手に持ち、咄嗟にその本を着物の袂に隠した。
 どぎまぎしながらファイルを井之頭さんに渡すと、彼は「助かります」と目を細めて、すぐにその場を去っていった。
「バレなかった……」
 ひとりになり、縁側でぽつりとつぶやいた。

 読める部分だけ読み終えたらすぐ戻そう――。
 そう思い、自室に本を持って行った私だったけれど、その後急な仕事が入り、私は夜まで帰ってこれなくなってしまった。
 つまり、本を返すタイミングを、すっかり失ってしまったのである。
「どうしよう……」
 深夜の二十三時。今日は優弦さんの帰りも早かったため、ずるずるとこんな時間になってしまった。
 きっともう優弦さんは床についている。
 部屋の灯が完全に消えたタイミングで、そっと中に入って戻せばいい。日中勝手に優弦さんの部屋に入っているところを誰かに見られたら怪しまれるだろうし……今戻すしかない。
 ちなみに、こんな危険を冒してでも手に入れた本は、結局ほとんどの内容が分からず、差別的な発言の証拠も取れなかった。
 そのことを知ったときはかなりぐったりしたけれど、落ち込んでいる暇はない。
 彼にバレる前に、本を元の場所に戻して、何事も無かったことにしなければ……。
 こういうとき、どこの扉も障子でよかったと思う。
 優弦さんの部屋の明かりが消えるのを遠くから確認し、三十分ほど過ぎた頃、私は優弦さんの部屋に再び忍び込む覚悟を決めた。
 スーッと音もなく障子を開けて、畳の上に足の指から慎重に着地する。
 優弦さんはこの前と同じように、入口から少し離れたところで、仰向けになって綺麗に寝ている。
 スースーという微かな寝息を聞きながら、月明かりだけを頼りに、優弦さんの布団を足元から通り過ぎて、本棚に向かった。
 本を、記憶していた場所にすぐに戻すと、また同じように布団を通り過ぎる。
 大丈夫、もう少しでこのまま出られる……。
 しかし、あろうことか、行燈のコードに足を引っかけて、私は体勢を崩してしまった。
「えっ……」
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