天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 簡単にバランスを崩した私は、優弦さんめがけて布団にダイブした。
 何てことだ。最悪だ……。
 一気に青ざめた私は、恐ろしくて顔もあげられないまま、優弦さんの胸の上で固まっている。
「まさか夜這いに着てくれるとは思わなかったな」
「いえ、あの、これは……」
 当然だけれど、優弦さんは起きてしまい、私はより一層顔をサーッと青ざめさせた。
 彼は「大丈夫?」と言って優しく私の体を起き上がらせ、向かい合うように座った。
「あまり俺に近づくと、この前みたいになってしまうよ」
 この前みたいというのは、発情してしまったときのことを言っているのだろう。思い出しただけで、カーッと体が熱くなる。
 月光に照らされた優弦さんは恐ろしいくらい綺麗で、少し崩れた着物の隙間から、逞しい胸筋が見えた。
 こんなに色気のある男性を、今まで見たことがない。
 特殊なフェロモンが作用してそう思ってしまうのか、一般論的にそうなのかは分からない。
 私はとっさに視線を逸らして、「勝手に忍び込み申し訳ございませんでした」と土下座した。
「なぜ? 君は奥さんなんだから、いつでも歓迎するよ」
「いえ、滅相もございません……」
「何か俺に用があった?」
 そう問いかけられ、この人には嘘はつけないと思った。
 何を言っても暴かれそうなので、素直に答えるしかない。
「今日、ファイルを取りに行った際に、優弦さんの本棚に気になる本があり……、勝手に持ち出してしまいました」
「……何だ、そんなことか」
「申し訳ございません。このようなことはもう二度と……」
「世莉」
 言いたい言葉を、名前を呼ばれて遮られた。そして、両肩を掴んで無理やり体を起こされた。
 優弦さんは、私のことをさんづけで読んだり、時折呼び捨てで呼んだり、敬語だったりため口だったりする。
 その不安定な態度が、より一層私の心を揺さぶるのだ。
 遠いような、近いような……。
 私は、この人のことを、本当に何も知らないのだ……。
「ずっと、呼び方を迷っていたけれど、これから世莉と呼んでいい?」
 心の内を読んだかのようなタイミングで、優しく問いかけられた。
 私はこくりと頷いて、「お好きにお呼びください」と答える。
 すると、優弦さんはすごく不服そうな顔をした。
「世莉の、その距離の置き方は、どうやったら縮められるかな」
「え……?」
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