天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
「は、離してください! またこの前みたいに……っ」
 今の状況のまずさにハッと気づいた私は、優弦さんの胸を押し返した。
 けれど、彼の体はびくともせず、離してくれる気配を微塵も感じない。
「大丈夫。今日はオメガ型の患者の検診があったから、フェロモン抑制剤を飲んでる」
「え……?」
 オメガ型の患者というワードを聞いて、ドクンと心臓が波打つ。
 優弦さんは、私と同じ型の患者もうけおっているのか……と、少し驚いた。
「だから、この前みたいにはならないよ」
 私を安心させるように言ったつもりだろうけれど、優弦さんの口からあの夜のことに再び触れられて、羞恥心が一気に沸き起こってしまった。
 私はぎりっと奥歯を噛み締めて、屈辱の感情を今全てぶつけようと思った。
「この前のことは、ただ本能に抗えなかっただけで、私の意思ではありません……!」
「分かっているよ」
 その言い方が、あまりにも優しくて、私は心の底から動揺した。
 分かっているよ、という、たったその一言が、ささくれだった私の心を途端に静めてしまった。
 読めない。優弦さんという人間が……、全く読めない。
 私が思い切り困惑していることに気づいた優弦さんは、その隙をついて私の手の甲にちゅっとキスをしてきた。
「な、何を……」
「試してる。遺伝子の反応に関係なく君に触れたら、どんな風になるのか」
 指先から慈しむように、私の手を包み込み、手の甲に唇を寄せる優弦さんは、思わず見惚れてしまうほどに美しい。
 こんなこと、許していいはずがないのに、なぜか魔法がかかったように体が動かない。
今は、遺伝子のせいで惑わされているわけではないというのに、どうして。
 色気を含んだ半月型の瞳が、濡れたように艶やかな黒髪が、恐ろしく形の整った唇が、私の体の奥の奥を刺激する。
 どうしてこの人は、私のことをそんなに愛おしげに見つめてくるのだ。
「世莉。君は、やっぱり魅力的だ」
「え……?」
「もっと俺に欲情して、溺れて。遺伝子など、関係ないところで……」
「な、何を言ってるんですか……」
「俺は、君の心が一番ほしい」
 真剣な瞳でそんなことを言い放つ優弦さんに、再び激しく動揺した。
 どうして? 彼にとってもこの結婚は仕方なく受け入れたものではなかったの?
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