天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
「分かりました」
 今まで言ってきた「分かりました」という答えより、ずっと自分の感情が入り込んでいることに自分でも気づいた。
 母親も何か俺の覚悟を感じ取ったようで、何も言わずに目を細めている。
 バース性のことには極力触れたくないけれど、母親も世莉さんと同じオメガ型の人間だ。何か感じ取ることがあるのだろう。
 幸せにできるかどうかはまだ分からないけれど、この人が大切にしたいものだけは、何があっても守ってあげたい。この写真を見て、心からそんなことを思ったのだった。



 季節は移ろいで十一月に入り、かなり風が肌寒く感じるほどになった。
 今日は大きな手術があったものの、予定通りに終えることができ、残りは当直医に引き継いでいつもよりは早めに帰宅することができた。
【今日は一緒に夕飯を食べよう】
 世莉にそんなメッセージを送ったのは、夕方すぎてのこと。
 彼女も忙しい人だからどうなるかは分からなかったけれど、意外にもすんなり【分かりました】というメッセージが届いた。
 今日は丁度彼女に話したいと思っていたことが合ったから、タイミングが合ってよかった。
「お帰りなさいませ、優弦様」
 玄関のドアを開けてすぐに出迎えたのは、女中である百合絵さんだった。
 彼女の悪行は全て突抜けていたため、印象は悪いままだけれど、世莉にはもう何も危害を与えていないようなので安心はしている。
 俺は荷物を百合絵さんに預けて、洗面室へと向かった。
 井之頭曰く、百合絵さんは相当反省しているどころか、世莉に恩返しをしていきたいと彼女なりに誠意をもって仕事に励んでいるらしい。
疑心が消えないけれど、人を見抜く力があるあの井之頭が言うのだから間違いない。
――全員の解雇を私の独断で取り消そうと思います。
 あのときの世莉には、俺も井之頭も、その場にいた女中全員が、圧倒されていた。
 冷徹なように聞こえて、強い意思のある堂々とした発言。
 そこに自分の私情は一切挟まないという彼女の決意に、驚き言葉が出なかった。
 女中から酷い仕打ちを受けていたというのに、まさかあんな行動に出るだなんて、いったい誰が予想できただろう。
 隣にいた井之頭は、思わず拍手をしてしまいそうなポーズを取っていた。
 それほどに、あのときの世莉の様子は見事で、かっこよかった。
< 47 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop