天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く

　俺と父親は外まで木島さん達を見送って、ようやくその日の接待を終えたのだった。

「おい。さっきの態度は何だ……？」
　高級車が見えなくなると、横にいた父親が低い声を上げる。
　俺は少しも動揺せずに「何がですか」と答えると、父親は激高して俺の胸倉を掴んできた。
「木島財閥は大事な取引先だぞ！　もしここで縁が切れたらどうしてくれる！」
　もし俺以外の人間が父親にこんな風に迫られたら、腰を抜かしてしまうだろう。
　それほど父親の怒り顔は恐ろしく、まさに鬼という表現が似合う。
　こんな風に脅されて、いったい何人の医者がうちを辞めていったと思っているんだ……。
「取引先って……。医者は患者を助けることが仕事でしょう」
　吐き捨てるようにそう言い放つと、父親は俺の後頭部を思い切り壁に打ち付けた。
　と言っても俺の方が身長がはるかに高いので、大した威力ではない。
　今すぐにでも出てしまいそうなため息を何とか我慢することに集中するしかない。
「まさかお前……、あの女に何かそそのかされたか」
「あの女……？」
　急に父の声のトーンが焦った様子に変わったので、俺はすぐに聞き返した。
「雪島世莉に決まっているだろう。まさかあんな生意気な娘に惚れたわけでもあるまいし……」
「……は？」
「二人のことだからと放っておいたものの、まだ子作りもしていないようだし、お前たちどうなっているんだ？　それでは雪島家と結婚した意味がないだろう」
　こいつ、何を言っているんだ……？　
子孫を残すことにしか、結婚した意味がないとでも……？
　怒りで頭の中が真っ白になり、思考が停止した。
　それと同時に、俺が今相良家のためにやるべきことを、さらに強く実感した。
　こんな人間を、いつまでもトップの座に置いておくわけにはいかない――。
　必ずこの手で変えてみせる。地位も名誉も、何を捨て去ったとしても……。
「子供を作ったら離婚して、木島財閥と再婚させるのもありか……？　相当お前のことを気に入っているようだし」
　その言葉を聞いた瞬間、俺は自分の胸倉をつかんでいる父親の手首を強く掴み、勢いよく振り払った。
　おそらく全力で掴んでいただろう父親の手は、いとも簡単に外れて、父親は痛めた肩を抑えている。
「優弦、貴様……！」
「あなたのことを、心底哀れに思います」
「何だと……⁉」