天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 私が隣にいるせいで話しかけられないと思っている人もいるかもと感じ、申し訳ない気持ちになった。
「やあ、優弦君。探してたよ」
 何とか存在を消して隣を歩いていると、六十代くらいの大柄の男性が、優弦さんのもとに近づいてきた。
 優弦さんは彼を見た途端とても嬉しそうな顔になって、「大石(おおいし)さん、本日はありがとうございます」と頭を下げた。
 私も一緒に頭を下げて挨拶をする。
 優弦さんがこんなに心を開いている人なんて、もしかして貴重なのではないだろうか……。瞬時にそんなことを思った。
「紹介します。妻の世莉です」
「やあ、話は聞いていましたよ。着物がよくお似合いだ」
「恐れ入ります……」
「世莉、この方は医薬品開発の社長の大石さんだよ。普段からとてもお世話になっているんだ」
 医薬品開発の社長さん……?
 そんなとんでもない人にいきなり紹介されるなんて。
 急に緊張してきた私は、もう一度ぺこっと頭を下げた。
 大石さんはとても優しそうな雰囲気で、黒い丸眼鏡がよく似合っている。
「大石です。今は、オメガ型の人間が、普通に暮らせるようになるための薬の開発を進めています。じつは、私の妻もオメガ型でね」
「え……」
 オメガ型の制欲剤の開発を進めているという話は、やはり本当だったんだ。
 驚きつつも、大石さんの話に耳を傾ける。
「もし日常生活で困っていることがあったら、ぜひ意見を聞かせてほしい」
「大石さん……」
「優弦君の協力もあって、研究は予定よりも早く進んでますよ」
 大石さんの言葉に、優弦さんは「とんでもないです」と謙遜している。
 オメガ型が安心して暮らしていける世界を、優弦さんは本気で望んでくれているのだ……。
 そのことがとても嬉しくて、思わずじんとしてしまった。
「それにしても大きな会場だね。吉野(よしの)製薬の社長も来ていると聞いていたので挨拶をしようと思っていたんだが……」
「あ、それでしたらご案内させてください」
 優弦さんは咄嗟にそう答えてから、ちらっと私に視線を向けた。
 それから、囁き声で「着いて早々すまない。吉野社長は女性に絡みたがるから、今だけ休憩室で休んで待っていてくれないか」と耳打ちされた。
 私としては面倒な絡み方をされても交わせるので問題ないと思ったけれど、切実な表情の優弦さんを見てこくりと頷き、大石さんに向き直った。
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