天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
「では、お邪魔しては申し訳ないので、私はここで一旦失礼いたします」
「いやいや、私はひとりで大丈夫だから、気を遣わずに」
「とんでもございません。オメガ型に関することで何かご協力できることがあれば、いつでもご連絡ください」
 にこっと笑みを浮かべてから、私は深々とお辞儀をした。
 大石さんはとても申し訳なさそうにしていたけれど、優弦さんがそっとエスコートに回った。
 しかし、優弦さんが一度こっちを振り返ってとても心配そうな顔をしたので、私は静かに頷いて「大丈夫です」というサインをした。
 そのサインを見て、「すぐに戻る」と口パクで伝えてから、優弦さんは人ごみの中に消えていった。
 大石さん、とても優しそうな方だった。
 奥様がオメガ型だと言っていたけれど、もっとお話を聞いてみたかった。
 そんなことを思いながら、私は優弦さんの言葉に甘えて、二階の休憩室を目指そうと一度外に出た。
 どうも人ごみは昔から苦手で、疲れてしまう。
 廊下に出ると幾分か人が少なくなって、私はひとつ深呼吸をした。
「どうも。おひとりですか?」
 窓から中庭を覗いてぼうっとしていると、ふと見知らぬ男性に話しかけられた。
 見た限り私と同年代か少し若く、茶髪に染めた髪の毛をオールバックにしている。
 急に話しかけられたことに驚きつつも、私はぺこっと頭を下げた。
「お名前は? 僕は内田(うちだ)医院の跡取りの内田誠(まこと)です」
 内田医院……。県内で二番目に大きな病院と聞いたことがある。
 跡取りということは院長の息子か。この若さならまだ研修医か、もしかしたら医大生かもしれない。
「相良世莉と申します」
 警戒しつつも自己紹介をすると、彼はにこやかな笑顔を消してピクッと片眉を動かした。
「相良……? もしかして、あの相良優弦さんの奥様ですか?」
 急に真顔になった内田さんは、確認するようにそんな質問をぶつけてくる。
 戸惑いつつ「はい」と返事をすると、途端に彼はニッと口端をつり上げ、目を細めた。
「ということは、あなたが雪島家のオメガ型の女性……」
「え……?」
 なぜそんなことを知っているの、という顔をすると、彼は「相良院長が触れ回ってましたよ。ついに運命の番が生まれたって」と、言葉を続けた。
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