不妊の未来
その人は他院での体外受精経験が8回。当院で一回。
つまりトータルで今回が10回目の胚移植になる。
説明の時に『今回できなければさすがに諦めようと思っています』と力なく微笑んでいたのが記憶に残っている。

培養室としてもなんとか結果を出してあげたくて。

今出来る最高の技術の提供を心に誓い、今日も万全の体制を整えている。

だからこそ1番の経験者が担当すべきだろうと満場一致で担当者を室長にした。
そして杏菜は勉強のために、と。

にも関わらず大和は首を縦に振らない。


大和「勉強することは今後に繋がるから大切ですが、気持ちの切り替えすら出来ない人に大事な患者を任せられません。私情を挟まないでもらいたい」


大和は挨拶の時点で杏菜が大和に気があること、それを茉由が知っていることを察した。


茉由「ですが、私情があっても仕事はきちんとこなしています」


茉由は杏菜を庇うように言った。

でも大和の態度は変わらない。


大和「僕にいいところを見せても意味がないんです。患者のことを第一に考えないと。その姿勢が少しでも見えたのならよかったですが」


大和は杏菜の目が患者に向いていないことに気がついていた。


大和「室長には僕から連絡しておきますから」

茉由「…わかりました」


茉由が了承を示せば、大和は白衣の裾を翻し、足早に外来へと向かった。

その大和の背中を見て茉由は思う。


茉由(大和先生は患者のことが一番。きっと職場で恋愛することなんて考えてもいなそうだわ)


実らない恋をするであろう杏菜。

でも他人の恋愛に口出しするほど茉由は経験豊富でないし、お節介でもない。

なにより今、やるべきことは培養室へと戻り、室長と一緒に手技や知識の整理を急ぐことだ。

杏菜のことが気にならないと言えば嘘になるが、大和に背を向け、茉由は培養室へと急ぎ戻った。

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