不妊の未来
○食堂(昼)
お弁当を食べていると、杏菜が大きくため息を吐く。
杏菜「はぁー」
杏菜のため息の理由に検討がつく分、茉由は何て声をかけてあげたらいいのか分からない。
茉由が黙ってご飯を頬張っていると杏菜は勝手に話し始めた。
杏菜「たしかに鷲尾さんはこのクリニックの胚培養士の中で一番器用で知識があります。私が患者の立場なら私じゃなくて鷲尾さんにお願いしたいですよ」
茉由「あ、ありがとう」
図らずとも後輩に褒められて、嬉しくて思わず口を挟んでしまった。
杏菜はチラッと茉由を見て、それからまた独り言のように呟く。
杏菜「でもなんかズルいです。指名なんて大和先生の特別って感じがするじゃないですか。羨ましい。私もそうなりたい。大和先生の力になりたいのにぃ」
プゥッと頬を膨らませて不満感を露わにする杏菜。
大和の本音を知っている茉由は困り顔。
茉由(大和先生の力に、じゃなくて、患者さんのために、って思えないとダメなんだけど)
茉由がどう言ったらいいのか悩んでいるとそばで見聞きしていた看護師が会話に加わった。
看護師「鷲尾さんは患者のため、って考えて人の2倍、3倍努力してるのよ。学会とか勉強会とか積極的に参加して、いいと思ったことは上司や医師に掛け合って取り入れたりもしてるの」
体外で精子と卵子を受精させ、出来た胚の凍結や胚の融解、培養などを施行する日々はとても神秘的で感動させられる反面、妊娠することの難しさ、妊娠を継続する困難さを日々痛感させられる。
妊娠を希望しても出来ない。
産みたいのに産めない。
その悲しみを目の当たりにして、茉由に出来ることと言ったら技術を磨くことだけだった。