不妊の未来
茉由「ちょっと飲み物取ってきます」
茉由は不自然にならないように空けたグラスを掲げて見せ、その場をあとにした。
バーカウンターに置かれたソフトドリンクに手を伸ばした茉由。
それをその場でひと口含んでいると背後から声がかかった。
大和「アルコール、飲めないんでしたっけ?」
声を掛けてきたのは副院長の北條大和。
大学病院で経験を積み、昨年、院長に引き抜かれてやってきた産婦人科の専門医だ。
歳は茉由より5歳上の36歳。
180センチを超える長身に、細長い手足。
アーモンド型の綺麗な瞳にスッと通った鼻筋。
薄くも厚くもない唇に綺麗な肌。
塩顔イケメンと称される非の打ち所がない容姿の持ち主は普段白衣を着ているため、私服だとぱっと見、誰だか分からない。
茉由がジッと見つめると大和が視線を外した。
茉由「あ、すみません」
相手が大和だということに気づき、不躾な視線を送ってしまった非礼を茉由は詫びた。
大和「いや。それより」
大和は茉由の手元に視線を向けた。
茉由はその視線の先を追い、手元のグラスを少し傾けた。
茉由「あ、これはオレンジジュースです。搾りたての100%で美味しいですよ。でも大和先生はお酒の方がいいですよね?なにになさいますか?」
大和「同じものを」
茉由の手元を見ている大和に茉由が訊ねる。
茉由「お酒、飲めないんでしたっけ?」
大和「鷲尾さんこそ、飲めないわけじゃないですよね?」
たしかに茉由は下戸ではない。
幹事を勤めている後輩含め、当クリニック所属の胚培養士は揃いも揃ってお酒に強いと有名だ。
でもいつ妊娠してもいいように、アルコールを控えていたらいつのまにか飲まなくなっていた。
ただそれを大和に言うことでもないと、茉由はオレンジジュースの入ったグラスを手に取り、差し出した。