不妊の未来
お腹を押さえながら破棄する凍結受精卵を確認していく。

茉由「これと、これと…あ、この凍結胚、綺麗な分割なんだよね。要らないなら私にくれないかな」

液体窒素のタンクから取り出した凍結受精卵を見ながら茉由は思わずつぶやいた。

次の瞬間。


大和「え?」

背後から聞こえた声に振り向くと大和が怪訝そうな顔をして立っていた。

茉由「大和先生。どうかなさいましたか?あ、卵の発育状況でしたらこれからご説明にあがります」

茉由が報告書を取りに行こうとした手を大和は掴んで止めた。

大和「それはあとで構わないです。それより」

大和はタンクを見下ろし、それから茉由を見た。

茉由「あ…聞かれちゃいました?」

眉根を寄せ、困ったように微笑む茉由。
大和は固い表情で頷き、茉由を掴んでいる手を解いた。

大和「どうしてあんなことを?」

茉由「あはは…そうですよね。でも凍結胚を破棄するときいつも思うんです。どうせ捨てられちゃうなら私の子宮に戻して、育てて産んであげるのに、って」

これにはさすがの大和も驚きを隠せなかった。
茉由を仕事とプライベートをごっちゃにするような女性と思っていなかったから。

ただ茉由の横顔があまりに切なく、放ってはおけなかった。

大和「立ち入ったことを聞きますが」

大和はそう前置いて話し始めた。

大和「排卵検査薬を使っていたのはついこの間のことですよね?ご主人と相談して妊活を決めたんじゃなかったのですか?」

茉由「それは…私の独りよがりでした」

大和「ご主人は望んでいないと?」

茉由は首を小さく縦に振った。
それから顔を上げて無理に微笑む。

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