不妊の未来
○イタリアンレストラン(夜)
クリニックから三駅ほどの距離にあるイタリアンレストランの個室。
茉由「私はどうしたらいいんでしょう」
茉由が助けを求めたのは先輩技師の初美。
茉由に胚培養士の仕事を教えてくれた学校の先輩で、初美が勤める病院でブライダルチェックをさせてもらったこともある。
初美「もう離婚しちゃいな」
話を聞いた初美は軽い口調で言う。
初美「子供が欲しいんだよね?渡りに船じゃない。大和先生からの申し出を断る理由なし。不妊治療の専門医だし。すぐに妊娠できるわ、きっと」
それはたしかにそうなんだけど。
初美「先生のこと生理的に受け付けない?」
大和に触れられたこと、抱きしめられたことを思い返してみても、嫌悪感はなかった。
むしろドキドキさせられて、思い出しただけで顔が火照ってくる。
でもダメだと首を横に振る。
茉由「私は離婚したりしません。離婚してって思わず言っちゃったけど、あれは売り言葉に買い言葉みたいなもので」
初美「思ってなければ言わないと思うけど」
初美の言葉に茉由は開いていた口を閉じる。
初美「もう旦那に愛情なんてないんでしょ?」
茉由「愛情はあります。でも」
このまま何事もなかったかのように、しかも夫婦二人だけで生活していく自信はなかった。
初美「人生一度きり。欲しいものはすぐそこにあるわ」
茉由の欲しいもの……。
初美「ただこれだけは言わせて。妊娠出産はゴールじゃないわよ」
初美は妊娠出産はスタートで、そこからの育児は想像しているよりはるかに大変だと言う。
初美「生活は一変するわよ。仕事も続けるとなったら今まで通りにはいかない。途中で抜けなきゃいけなかったり、迷惑がかかる。理解ある人ばかりじゃないわ。プライベートだって自分の時間なんてほとんどなくて、思い通りにならない子供にイライラする。ママ友付き合いだって大変よ」
茉由は人付き合いがうまい方ではない。
初美の話を聞いて考えさせられる部分があった。
かと言って子供を諦められるかと聞かれたら答えはノーだ。