妖怪ホテルと加齢臭問題(天音と久遠)
車が止まると、
白手袋の運転手が降りて、
すぐ後部ドアを開けた。

「あのさ、また、来るから、
マサラティー、一緒に飲もうね」

久遠が目を細めて、
すがるような口調で、天音に言った。

「ええ、お気をつけて」

天音は、
精いっぱいの笑顔で答えた。
たぶん、ひきつって、変顔にみえるだろう。

「時間がないので、失礼します」

近藤に促されて、久遠は車に乗り込んだ。
車がUターンして、元の道に戻る。

久遠が、手を振っている。

それを無視して、
天音は、車が見えなくなるまで、
頭を下げていた。

お客様のお見送り、
女将の最後の仕事だ。

あなたが、この次ここに来る時は・・・私はいない。
この旅館もないだろう。

手が赤い。
それは、大きな赤いもみじのように見える。

アツアツの炊き立てご飯を、
握ったからだ。

天音は、くるりと向きを変えると、玄関に向かった。

キャンプをしていた連中に、
朝食のおにぎりと味噌汁くらいは、出してやろう。
そう考えていた。
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