叶わぬ恋だと分かっていても
 エレベーターなどで一緒になる危険性もないわけじゃいけれど、幸い残った面々は他部署の人ばかり。
 かつて束の間市役所にいた私の顔を知らない人たちだから、出会ったとしても何とかなるだろって言われて。

 なおちゃんの、そういう物怖(ものお)じしない、どこか堂々とした言動の端々に〝浮気慣れ〟の様なものを感じて、私はふと切なくなるの。

 だけど、そんな私だって奥様やお子さんからしたら〝浮気相手〟以外の何ものでもないから。

 こんな風に妬きもちを妬く資格すら、きっとないんだと思う。


***


菜乃香(なのか)?」

 いつの間にか部屋に着いていたみたいで、なおちゃんがフロントで受け取ったカードキーで部屋の扉を開錠して、怪訝(けげん)そうな様子で私を振り返る。

「あっ、ご、ごめんなさいっ」

 考え事をしていたせいで、気付かないうちになおちゃんから数歩分遅れを取ってしまっていた私は、急いで彼の横に並んで。

 なおちゃんにそっと背中を押される様にして部屋に入った。

 それと同時――。


 荷物を床に置いたなおちゃんに、我慢できないみたいにギュッと抱きしめられた。
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