叶わぬ恋だと分かっていても
***

「まぁとりあえずそこに座りなさい」

 火を止めてこちらを振り返った母に、リビングの椅子に座るよう促される。


 無言でコーヒーを淹れてくれたのを「ありがとう」と受け取りながら、私は緊張でどうにかなりそうだった。

「今日、お母さんが何であなたを呼び出したか分かってるよね?」

 ――お姉ちゃんに聞いたんでしょう?

 そう言外に含まされているような物言いに、母は私の行動なんてお見通しなんだと思った。

 小さくうなずいたら、目の前にスッと一枚の紙が差し出された。

 姉が言っていたホテルの領収証で、宛名のところにバッチリ「オガワナオユキ様」となおちゃんの名前が入っていた。

「お母さんね、なのちゃんが彼氏とお泊まりだって言うから……なのちゃんもそういうお年頃だしなぁって思ってたの」

 お父さんは「男と泊まりがけなんて!」とプンスカしていたらしいけれど、「もう大人なんだから」とお母さんが(なだ)めてくれたのだと初めて聞かされた。

「なのちゃんはまだ若いんだし、お付き合いをしたからってその人と結婚しなきゃいけないとは思わないよ?」

 お母さんはそう前置きをしてから、小さく吐息を落とした。
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