叶わぬ恋だと分かっていても
「――家庭のある人を好きになっちゃったのも仕方がないと思う。ううん。人を好きになるのは止められないし、誰かを好きになれるっていうのは素敵なことだともお母さん思うよ?」

 そこまで言って私をじっと見つめると、「でもね」と続けた。

「でもね、なのちゃん。不倫はダメ。その一線を越えたらみんなが不幸になっちゃう」

 その人のことを好きだなぁって想っているだけなら許されるけど、行動に移したらダメだとお母さんは私の手をギュッと握った。

「何回も言うよ? 人を好きになるのはとっても素敵なことだと思う。だけど……なのちゃん。どんなに好きでも緒川(おがわ)さんとは別れなきゃダメ。分かった?」

 てっきりこっぴどく頭ごなしに怒られると思っていたから……。

 その優しく諭すようなお母さんの言い方に、私は胸がギュッと苦しくなった。

 お母さんは今回のこと、お姉ちゃんには話したみたいだけど、お父さんには言わずにいてくれたみたい。

 お父さんに言えば、きっと頭ごなしに私の気持ちを否定しちゃうって分かっていたからかな。


菜乃香(なのか)! 何を馬鹿なことしてるの! 妻子持ちの男性となんて、さっさと別れなさい!〟

 そんな風に言われた方がマシだった気さえしてしまう。
 押さえつけるように私の気持ちを全否定されたなら、「私となおちゃんの何が分かるって言うのよ!」ってお母さんに酷いことを言って突っぱねられたもの。


 ねぇ、なおちゃん。
 私、なおちゃんのこと本当に本当に大好きだけど……お別れしなきゃいけないね。
 お母さんを悲しませたくないから。

 そう思ってしまったよ。
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