叶わぬ恋だと分かっていても
 なおちゃんと付き合い始めて五年以上が経過した。

 出会った頃は二十四歳だった私も、三十歳がすぐ目の前というところまで来てしまっていた。


「なおちゃん、私、やっぱり三十歳までには結婚したいな?」

 そんなことを彼に言っても詮無いことだと知りながら、長いこと一緒にいると言う惰性(だせい)が私の感覚をドロドロにダメにする。

 なおちゃんは私がそういうことを言ったとき、何も言わずにただただ頭を撫でたり抱き締めたりしてくれる。

 否定もしなければ肯定もしない。

 昔は「妻がいるから菜乃香(なのか)とは結婚できない」ってハッキリ拒絶していたくせに、そう言うことは言わなくなった。
 けど、だからと言って結婚してくれるとも絶対に言わないし、奥さんと別れるというような甘い嘘も吐いてはくれない。

 ある意味よく聞く不倫男のように(てい)のいい嘘で浮気相手に夢を見させて繋ぎ止めるような卑怯なことはしない人だった。

 でも――。

 どのみち私たちの間に未来はないのだと突きつけられているようで、毎日が苦しくてたまらなかった。

 何年経ってもなおちゃんは相変わらず優しくてずるい人で、それが分かっていても彼から離れられない私は結局のところバカで愚かな女なんだろう。


 そんな折だった。

 お母さんに、末期の癌が見つかったのは。

 余命こそ宣告されてはいなかったけれど、インターネットを調べてみると致死率が極めて高い種類の癌だと分かって。

「なのちゃんの花嫁姿を見るのがお母さんの夢なのよ」

 だからその夢が叶うまで死ねないの、と微笑むお母さんに、私の心は千々(ちぢ)に乱れた。
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