叶わぬ恋だと分かっていても
***

 第一印象は「あ! あの人大変そう!」だった。
 右足に怪我をして入院中らしいその人は、一階に入っているカフェで買ったのかな?
 片手に温かい飲み物が入っていると思しきカップを持って、パジャマ姿。
 松葉杖をぎこちなく使いながらえっちらおっちら歩いていた。

 今にも松葉杖を取り落とすか、もしくはカップをひっくり返してしまいそうで。
 私は見ていられなくて思わず声を掛けていた。

「あのっ。もしよろしければお部屋までお飲み物、お持ちしましょうか?」

 日頃なら見知らぬ若い男性に声なんて掛けなかったと思う。
 だけど病院と言う特殊な空間が――。
 母を看病する中で沢山の人たちに支えて頂いていると実感することが増えた経験値が――。
 私をいつもよりちょっぴりお節介にしてしまっていた。


「……えっ」

 突然背後から声を掛けたからだろうな。私の声に思わずと言った感じでつぶやいて、不審げにゆっくりと振り返った男性が、次の瞬間私をじっと見つめてから大きく瞳を見開いたのが分かった。

「違ってたら申し訳ないんですけど。……ひょっとして……なのちゃん?」

「えっ? 何で私の名前……」

 まさかいきなり名前を呼ばれるだなんて思っていなかったから。今度は私が変な声を上げる番だった。

「やっぱりなのちゃんだ。……僕だよ、分かんない?」

 松葉杖をついているのを忘れたみたいに自分の顔を指さそうとしてヨロリとよろけた彼を、私は思わず支えて。

 カップの中のコーヒーがユラユラ揺れて、今にもこぼれてしまいそう。

 それを横目に見たあと、存外間近になった男性の顔を恐る恐る見上げて、私は「あ……」とつぶやいた。

「もしかして……タツ(にい)?」

 彼は子供の頃、同じ自治会内に住んでいた、三つ年上の幼馴染み――波野(なみの)建興(たつおき)だった。
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