叶わぬ恋だと分かっていても
 そう思った私が、
「もう、何でフタしてないの!」

 思わず湯気のくゆるカップをタツ兄の手から取りあげてそう言ったら、「いや……片手だったし何かフタ閉めんの、面倒(めんど)……む、難しかったからつい」とか。

「ねぇ、タツ兄。今、絶対面倒って言い掛けたよね?」

 すかさず突っ込んだら、そっぽを向いて誤魔化そうとするの。

 昔は私なんか足元にも及ばないほど運動神経も良くて優しくて、大人っぽく見えたタツ兄なのに。

(ヤダっ。タツ兄ってばちょっと見ない間に何だかすっごく子供っぽくなってない?)

 それがちょっぴり可愛く見えて。

 そんなことを思った自分にすぐさまハッとした。

 それは、一回り以上離れたなおちゃんとの付き合いが長くなっているからこそ感じてしまった感想なのかも知れない。

 そう思い至って、急に後ろめたくなったのだ。

 思わず黙り込んだ私に、タツ兄がバツが悪そうに「なのちゃん、ちょっと会わずにいた間にすっごく大人っぽくなったね」ってつぶやいた。

 私はその声にはじかれたみたいに意識をタツ兄の方へと取り戻す。



「――えっと……何階?」

 心の乱れを落ち着けるみたいに小さく吐息を落として問い掛けたら、「へ?」と間の抜けた声を出してタツ兄が私を見下ろしてくる。

「ごめん、唐突すぎたかな。……その、タツ兄の病室、何階?って聞きたかったの。これ、私が部屋まで運んであげるって……さっき声かけたでしょう?」

 そこまで言って、そう言えばと思って。

「あの……とっても今更なんだけど……足のことも聞いていい?」

 私は恐る恐る問い掛けた。

「ん? ああ、もちろん。――とりあえず歩きながら話そっか」

 タツ兄は西病棟のエレベーターホールへヒョコヒョコと松葉杖を使って器用に進むと、乗り場操作盤の「(うえ)」ボタンを押して私を振り返った。
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