叶わぬ恋だと分かっていても
 もしも詳しく聞かれていても、なおちゃんとのことをどう話していいかなんて分からなかったから。
 そう言うのを根掘り葉掘り聞かれないことにホッとしたのは確かだ。

「それにね、下手にお母さんを安心させてしまったら……すぅーっと逝ってしまうかも?とか馬鹿なことも考えちゃって……。何となく怖いの」

 なおちゃんと付き合い続けるための言い訳にしている詭弁を、私はタツ兄にも〝本当は結婚したくてたまらない〟という本心を押し隠してうそぶいた。
 
「だからね、案外現状維持が一番いいのかも、とも思ってるの」

 結婚したくないだなんて微塵も思っていないくせに。

 そんなことを思いつくままにつらつら話して、はらはらと涙を落とす私を、タツ兄は何も言わずにただただそばで見守っていてくれた。

 幸い窓に面したこの席は、真横にでも座られない限り泣き顔を人から見られる心配はない。

 その安心感と、タツ兄への信頼感が私の涙腺を思いっきり緩めていた。

 タツ兄は、私をひとしきり泣かせてくれた後で、「よしよし」と子供の頃みたいに頭を優しく撫でて肩に寄り掛からせてくれて。

 子供の頃とは違って、包み込むような大きな手と広い肩幅に、タツ兄も大人の男の人になっちゃったんだな……と不意に意識させられた私は、にわかに恥ずかしくなってしまう。

 私の涙が早々に引っ込んだのは、その戸惑いのせいだったのかも知れない。



「僕なんかよりなのちゃんの方がよっぽどしんどい思いをしてるじゃん。知らなかったとはいえ、何も力になれなくてごめんね」

 実家に戻っていれば、あるいは何か話を聞くことがあったかもしれなかったけれど、仕事にかまけて不義理をしていたから、とタツ兄が謝ってくれて。

 私はタツ兄に頭を撫でられながら、彼はちっとも悪くなんてないのに、って思った。
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