叶わぬ恋だと分かっていても
 お母さんはそんな私の様子を見て、嬉しそうに「そう。おばちゃんは建興(たつおき)くんなら大歓迎だから。なのちゃんとうまくいったら、いの一番におばちゃんに教えてね」と、彼に向ってにっこりと微笑んだ。


***


 きっと、再会した日にお母さんが私の花嫁姿を見たがっていたことを話したりしたから……。
 タツ兄は気を遣ってくれたんだ。


 うちのお母さんは東棟九階の内分泌内科にいる。
 タツ兄の病室があるのも九階だけど、彼が入院しているのは西棟だから、棟が違う。

「タツ兄……さっきのって……」

 東西の建物を繋ぐ連絡通路を二人で歩きながら、私は恐る恐る切り出した。

 現状維持とも未来があるとも取れる言い方でお母さんの気持ちをぐんと持ち上げてくれたタツ兄はさすがだなって思いながら。

「前に私が変な話をしちゃったから、気を遣ってくれたんだよね? 有難う」

 ぺこりと頭を下げてから、「でも――」と続けずにはいられない。

「でも――、そんな嘘をついたって知られたら、タツ兄の彼女さんとか……きっとめちゃくちゃ嫌な気持ちになっちゃうから」

 だから、気を遣わなくてもいいよ?

 そう続けようとしたら、タツ兄が急に立ち止まって。

「――彼女とかいたら、そもそもなのちゃんとこんな風に毎日のように会ったりしないと思わない?」
 ってじっと見詰められた。

 私は、自分になおちゃんがいるくせにタツ兄とこんな風に逢瀬(おうせ)を重ねてしまっていたから……そういう当たり前のことを失念してしまっていたのだ。

「そ、それは……」

「さっきおばちゃんに言ったのは僕の本心だから……。言う順番がおかしくなっちゃったけど……僕とのこと、真剣に考えてみて?」

 タツ兄の直向(ひたむ)きなまなざしに、私は何も言えなかった――。
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