叶わぬ恋だと分かっていても
***

「つまりは……本気で菜乃香(なのか)のことを愛してくれそうな男が現れた、と――。そういう話?」

 タツ(にい)との出会い、母とタツ兄とのやり取り、タツ兄から打ち明けられた私への熱い想い。

 それらを包み隠さずなおちゃんに話したら、静かな声音でなおちゃんが問うてきた。

 私はコクッとうなずくと、じっとなおちゃんを見詰めて。

「で、それを俺に話して菜乃香はどうしたいの?」

 ややして吐息交じり。

 なおちゃんにじっと見詰められた私は、言葉に詰まった。

 心の片隅。
 嘘でもいいから、『そんな男はやめておけ』『俺と別れるとか言うなよ』『俺には菜乃香《《しか》》いないんだ』とか言って、なおちゃんが懸命に私を引き留める言葉を模索してくれるんじゃないかと期待していた。

 なのに――。

 なおちゃんはやっぱり今日もいつも通り。決めるのは菜乃香(わたし)自身なのだと突き付けてくるの。

「わた、私は……」

 なおちゃんの顔をまっすぐに見ていられなくて。思わずうつむいたら、触れられ慣れたなおちゃんの手が伸びてきてあごをすくい上げられる。

「なぁ菜乃香。これは二人にとって大事な話だ。目ぇそらしたりすんなよ。大体お前の決意が固いんなら俺の目を見て話せるはずだろ? 違うか?」

 唇が触れそうなくらい顔を近付けられて、至近距離でそんな風に言ってくるとか……。なおちゃんはどこまでもズルイ。


 彼は私と長い歳月一緒にいた中で、どうやったら効果的に私を自分の思い通りに堕とせるか、熟知していた。
< 154 / 242 >

この作品をシェア

pagetop