叶わぬ恋だと分かっていても
「私はなおちゃんと……(わか)――」

 ――なおちゃんと別れてタツ兄と新しい日々を歩んで行こうと思ってる。

 なおちゃんと会う前に、何度も何度もシミュレーションしたセリフだ。

 だってそうするのが、みんなが幸せになれる唯一の方法だもの。

 私はなおちゃんの奥様に引け目や後ろめたさを感じなくて済むようになる。
 なおちゃんは奥さんへの裏切りに終止符を打つことが出来る。
 お母さんは私に彼氏がいるって知ったらきっと喜んでくれるし、ホッとしてくれるはず。

 だけど――。

 そうだ。
 お母さん。私が結婚してしまったら心配事が消えて、ホッとして力尽きてしまうんじゃない……?

 私が結婚するまでは死ねない、と淡く微笑んだお母さんの顔が脳裏にちらついて、私は言葉に詰まってしまう。

菜乃香(なのか)は俺と別れたい? お母さんを安心させてあげて……心残りを取り除いてあげたい?」

 なおちゃんはきっと、私が何に迷い、先が言えずにつまずいてしまったのか、的確に理解しているの。

 彼は言葉にこそしなかったけれど、『そうやって安心させてあげて、お母さんを苦しい身体から解き放ってあげたいの?』と含ませていた。

 もちろん、そんなの私の本意じゃない。
 それが例えお母さんを苦しめることになるのだと分かっていても……利己的でわがままで甘ちゃんな私はお母さんにこの世に対する未練を持ち続けて、少しでも長く現世に留まっていて欲しい……。
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